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タメになる読み物

なぜ?がなるほど!に変わる本 ― 知ればなかよし発達障害のお友達


第15回「教員・保護者向け解説 (3)「周知」に向けての基本的な知識-脳の働き方の違い-」

それまではなんとなく「おかしさ」に気づかれながらも小学校の普通学級でやってきた子どもたちも、小学校高学年以上になると、様々な場面で周りの子どもたちから違和感を持たれることが多くなります。そのいくつかの例を、本文中に示してあります。
 
例えば冷房で設定した27℃を「寒すぎる」と感じるか「ちょうどいい」と感じるか「暑すぎる」と感じるかはその人の脳の機能によって変わり、反応するための刺激を伝える神経のつながり方に個人差があります。けれども、寒いと感じた人は毛穴をふさいで(これも脳の働きです)熱を逃げないようにするだろうし、逆に暑いと感じた人は毛穴を開いて汗を出し(これももちろん脳の機能です)体温を下げようとして、結果的にはその気温でなんとなくうまく生活ができます。こういう脳のファジーな機能によって、「感じ方」すなわち入ってくる刺激を判断する司令塔は個人差が大きいにもかかわらず、「対応の仕方」すなわち出る刺激を変化させることによって、「寒い」「暑い」と感じ方は異なるものの、ある程度の普遍性を持って環境に適応させ、集団で生活をしたり行動をしたりすることが可能になるのです。
 
ところが、発達障害のある子どもの脳では、このファジーさがなく、うまく調整して適応することができません。特に感覚から入ってきた刺激に対する判断と対応に大きな問題がある場合が多く、本文に例示したように、普通は許容の範囲と判断されるカレーの辛さに耐えられない、ある曲の音(音程)に耐えられない、といった不適応を示してしまうことがよく起こります。これが、発達障害で最も問題になりやすい、脳の「認知」といわれる働きのおかしさのひとつなのです。
 
しかし、感覚に対する認知の問題よりももっと現実の社会生活で問題になりやすいのは、人のこころや感情といったことに関する部分の認知の障害です。子どもとは言っても、小学校高学年にもなれば日常的に「思いやり」「いたわり」などの高度な心のやり取りがうまれます。「本音と建前」「比喩」「皮肉」「相手の気持ちを読む」など普段何気なく私たち大人が日常会話で用いている技術が少しずつ生活に取り込まれてくるのがこの時期です。
これはすべて脳の高度な認知の機能に基づいているので、特に発達障害のある子どもではうまくいきにくく、次第に周りとのずれ、違和感、アンバランスさが目立ち始めるのがまさに小学校高学年であるこの時期からなのです。
 
犬が死んでしまった、悪口を言われている、という刺激はちゃんと入ってきていても、そこを的確に判断し指令を出すためのつながり(認知)がうまく行かないために、上手に刺激を出すことができないのです。ここで重要なのは、自分に言われたり、起こったことが理解できていないわけではない、ということです。
自分に対して周りの子どもや大人たちが「変だ」「おかしい」「変わっている」「気持ち悪い」と言っていることは十分に分かっているのですが、それをうまい具合に弁解することができない、皆と同じような反応を出すことができない、そして冗談のふりをして笑い飛ばすこともできないだけなのです。
 
認知が違っている、ということは、同じものを見ても聞いても、周りの人々とは違う風に捉えることがある、ということでもあります。汚れていても気づかない、先生の話で自分の興味を引く部分に過剰に反応してしまう、友達の感情に気を配るより先に、その手の中にあるゲームに捉われてしまう、学習においての困難さ、たとえば音読ができない・黒板を写せない・科目間での成績の差が著しいといったことが目立つ・・・すべて、「認知」の違いとして考えれば理解がしやすくなります。